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今月のよもやま話

平成18年8月・葉月

洞ヶ峠を決め込む(筒井順慶)

●今月は、筒井順慶(つついじゅんけい)が亡くなった月です。
●順慶は、「洞ヶ峠(ほらがとうげ)を決め込む」
と言う言葉で歴史に名を残しました。
武将としては、余り嬉しくありませんが、名は残りました。
●明智光秀が、織田信長を討った本能寺の変のすぐ後に
山崎の合戦(光秀vs秀吉)が起こりました。
この時に、明智光秀は、順慶と親しかった為、
味方になるように順慶に要請しました。
そこで、順慶は、光秀との友情の為
京都の南の「洞ヶ峠」まで出陣しました。
しかし、その後、順慶は、動かずに
光秀側に付こうか、それとも、光秀の敵・秀吉側に味方しようか
決めかねていました。そして、
両者の戦い(山崎の合戦)の形勢を見ていました。
●この日和見主義の事を「順慶の洞ヶ峠への出陣」から
「洞ヶ峠を決め込む」と言う言葉が生まれました。
●しかし、事実は、順慶は、洞ヶ峠には、出陣していません。
順慶は、郡山城(奈良県大和郡山市)に居て、
光秀に付こうか、秀吉に付こうか考えているうちに、
秀吉が勝ってしまいました。



●写真は、国道1号線の
洞ヶ峠(京都府八幡市)に有る筒井順慶陣所跡の碑です。
今月はこれにてお仕舞です。有難うございました。
●9月のよもやま話は、「ローマを見た武将」(支倉常長)です。又、聞いて下さい。

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