令和6年12月・師走
「金森宗和」(宗和流)

●今月は、金森宗和(かなもりそうわ)が亡くなった月です。
[上の写真は、金森宗和(天寧寺・京都市北区)の墓です。
ここ天寧寺には、明智光秀の報恩塔がありました。]
●宗和は、飛騨高山藩主の長男として生まれました。
しかし、
大坂の陣の時に父が徳川方に付く事に反対した為に
廃嫡され、母と共に京都へ隠居しました。
実は、長男の宗和は、豊臣家に縁が有り
次男の重頼(しげより)は徳川秀忠の小姓で徳川に縁がありました。
金森家の生き残りの為に、金森家は次男が跡取りとなりました。
徳川家に遠慮した。と云われています。
●宗和は、その優雅な茶風から
姫宗和と呼ばれています。
●この時期、仙台の
伊達家にも同じような事が起きました。
[上の写真は、天寧寺境内にある諫鼓鳥(かんこどり)の石灯籠です。
諫鼓鳥とは、古代中国の故事で太平の世の象徴を現わしております。
又、ここの通りは、秀吉の
京都大改造で造った寺町通りです。
森蘭丸の墓が有る阿弥陀寺や
施薬院全宗の十念寺も近くです。
●今月は、これにてお仕舞です。有難うございました。