●今月は、鍋島閑叟(なべしまかんそう)が生まれた月です。
閑叟は、肥前佐賀の藩主で、
薩摩の島津斉彬と並んで、
西洋の文明に強い興味を持っていました。その為、
欄癖大名(西洋かぶれ)と呼ばれていました。
●閑叟は、西洋文明を良く理解しておりました。
種痘を息子に接種し、領内に広め、
更に、日本中にも広めました。
そして、反射炉(製鉄所・下の写真)を日本で始めて造り、
自藩で洋式銃器を作りました。
造船所も造りました。蒸気船も造りました。
汽車も造りました。
●閑叟が、藩士に苛烈と言えるほどの勉学を押し付けて、
日本一の産業国家(藩)に仕立て上げました。
幕末佐賀藩は、驚く事に、
ヨーロッパの小国並に近代化された工業藩でした。
●なによりも、アームストロング砲を製作しました。当時まだ、
この砲は危険な為、発明した英国でさえも、
軍隊に正式採用するのを控えていました。
閑叟は、その危険なアームストロング砲を完成させ、
上野戦争や
会津戦争を勝利に導きました。