令和7年4月・卯月
「大久保長安」(八王子の代官)

●今月は、大久保長安(おおくぼながやす)が亡くなった月です。
[上の写真は、長安が浅川の氾濫を防ぐ為に造った土手の名残です。
石見土手(いわみどて)と呼ばれています。
八王子市千人町の宗格院内に残っています。
長安は、八王子の育ての親です。因みに、名付け親は
北条氏照です。
猿楽師の大蔵信安(狂言大蔵流を興す人物)の次男として生まれました。
徳川家康の家臣・
大久保彦左衛門の甥・大久保忠隣(ただちか)から
大久保姓を戴き大久保長安と名乗りました。
●長安は、武田信玄の家臣で黒川金山を開発しました。
武田家滅亡後、家康の家臣となり八王子の初代代官となり、
家康から8000石を貰います。
石見銀山、佐渡金山も任され、とんとん拍子に出世して
強大な権力を持つようになりました。(石見守に叙任されてます。)
[上の写真は、長安が八王子に置いた代官所(陣屋)跡です。
現在は、産千代稲荷(うぶちよいなり・八王子市小門町)と呼ばれております。
長安の屋敷跡の門が御門と呼ばれていた事から
小門町と呼ばれるようになったらしいです。]
●今月は、これにてお仕舞です。有難うございました。