令和7年1月・正月
「切支丹大名」(高山右近)

●今月は、高山右近(たかやまうこん)が亡くなった月です。
[上の写真は、右近の高槻城跡(大阪府高槻市)です。
私の後ろ小高い所に有るのが下の写真(右近の像)です。]
右近は、葬儀の時に領民の棺を一緒に担いだ程のキリシタン大名です。
秀吉によるバテレン追放令(キリシタン追放令)が出された時には、
悩みました。しかし、信仰を捨てず、なんと大名を捨てました。
その為に、右近は、加賀の前田家に預けられました。
その後、家康の時代となり長崎からマニラに家族と共に追放されました。
マニラ到着から約一か月後に右近は亡くなりました。
信仰を守る事と引き換えに
領地と財産をすべて捨てる事を右近は選びました。
●右近は、利休七哲と呼ばれる程の利休の高弟です。
[高槻城公園内に右近の像です。]
●今月は、これにてお仕舞です。有難うございました。